« 子どもを叱らない | トップページ | purple beauty »

2008年9月 9日 (火)

叱る代わりにできること

 前回、子どもを叱ることの問題点を指摘しました。私たちの陥りやすい間違いは、関係を悪くしておいて、その上で、子どもを援助しようとすることです。叱ると関係はよくなるのか、悪くなるのか。答えは自明だと思うのですが、どの子どもも叱られた時、叱った親のことを好きにはなりませんし、叱られたことを、後で親に感謝するに違いないと思う人がいれば、そんなことはないということを知ってほしいのです。
 前回見たように、実のところ、子どもは、自分がしている行動の意味をよく知っています。たしかに叱られたくはないのです。しかし、例えば、試験でいい成績を取るというような親が子どもに期待することでは認めてもらえないのなら、せめて叱られてでも親に注目されたいと思う子どもは、たしかにいるのです。
 親ができることは、子どもにそんなことをしてまで注目を引こうとしなくてもいいということを教えることです。そのためには、子どもの適切な面にこそ注目してほしいのです。ところが、そんなことはできません、あの子は一日中私を困らすようなことばかりをしています、という親は多いように思います。
 ある小学生の子どもが、学校から帰ると、寝たきりのおばあさんの下の世話をしていました。その話を子どもから聞いた私は、母親に驚いたといいました。反応は思いもかけないものでした。「でも、あの子は勉強しません」。これでは、子どもの立場がありません。家事をしなくても勉強をしてほしいというのが親の思いでしょうが、子どもにそのような期待をする前に、子どもが家庭の中に自分の居場所があると感じられるように、一言声をかけてほしいのです。この方は昼間働いていました。おわかりですね。「ありがとう」といってほしいのです。あなたが家の手伝いをしてくれるから、私は安心して仕事ができる、といってほしいのです。
 このようにいわれた子どもは、自分が認められ、役に立っている、と感じられるでしょう。そのように感じることができれば、もはや親を困らせるような、あるいは、怒らせるようなことをしなくてもいいことがわかるでしょう。
 この時、子どもの貢献に注目するという意味で「ありがとう」と声をかけてほしいのですが、ほめるのではありません。子どもが親に「おかあさん、えらいね」と声をかけたらどう感じますか? うれしいですか? うれしくないとすれば、なぜでしょう? ほめることは、いわば能力がある人がない人に、上から下へ評価することだからです。上下の対人関係を前提として、始めてほめることができます。しかし、大人と同様、子どもも、対人関係の下に置かれることを嫌がります。最初に見た叱ることについては、このことははっきりしているでしょう。子どもが下にいると思うからこそ、叱れるのです。しかし、親子関係は、このような上下関係ではありません。対等であればこそ、必要な時に親は子どもを援助できるのであり、子どもは親の言葉を冷静に受け止めることができます。たしかに親と子どもは知識と経験の点で同じではありませんが、人間として対等であると感じられれば、叱ることも、ほめることもしないようになります。このように感じられ、親子関係をよくするためには、どんなふうに声をかければいいか、さらに具体的に考えてみましょう。
(『ぷろぽ』2008年7月号)

|

« 子どもを叱らない | トップページ | purple beauty »

アドラー心理学」カテゴリの記事

コメント

『ぷろぽ』に掲載されて記事は、とても、わかりやすく書かれていて、毎回楽しみにしています。

何度も読み返したいので、全部印刷し、ファイルしています。

投稿: キューブ♪ | 2008年9月10日 (水) 00時22分

キューブ♪さん
 ありがとうございます。次の記事は先週の金曜に出版社に送ったばかりで、活字になるのはまだ先ですので、ここにはしばらく載せられませんが、また別の記事を載せようと思っています。

投稿: 岸見一郎 | 2008年9月10日 (水) 00時32分

 おばさん、ばあさんと呼ばれる年齢になっても他人から褒められるとうれしいというより、身の置き場が無いような、その人に対して「うさんくささ」を感じてしまいます。対等な人間関係を感じられないのでしょうね。「あなたの○○なところが楽しい、おもしろい」とか「あなたの○○なところが好き」と言われると「へへ、そうかなぁ」と照れながらもうれしく思います。では、自分が友人に対してそう言っているかというとそういう表現はしていないことに気づきます。
 子どもに対しても「社会的に大して褒められるような子ではないけれど、私は基本的にどこかしら彼(彼女)を尊敬している」と自覚しているにもかかわらず、上から目線のお説教をしていることが多いようです。それに気づくと「私の方が精神的にお子様だわ」と恥ずかしくなります。

投稿: ちばちゃん | 2008年9月14日 (日) 17時27分

 もっと年がいって、その時、おじいちゃん、えらいねえ、よくできたねえ、といわれたらいやだなと思います。
 上下関係から離脱することはむずかしいです。でも、私は誰とも対等の横の関係で接している、といわれる人が実はそうではないということもあります。今のは上から目線だった、と意識できることが出発点です。

投稿: 岸見一郎 | 2008年9月14日 (日) 18時55分

岸見先生。
岸見先生の飾らない文章を読んで、「私も飾らなくていいんだ」と思いました。

投稿: | 2015年1月27日 (火) 18時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 子どもを叱らない | トップページ | purple beauty »