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2008年9月26日 (金)

ほめる人は誰もいなかった

 宮沢和史の「いつもと違う場所で」という歌で、「ボク」はほめられるために人を蹴落として生きてきたが、たどり着いた銀河系の果てではほめてくれる人は誰もいなかったといわれています。
 私はこの歌の中でほめることと競争を結びつけているのがおもしろいと思いました。たしかにほめられるために「人を蹴落として」生きている人は多いように思います。小さい子どもが「ほめて、ほめて」と親や教師にせがんでみたり、大人でも人に賞賛されるために頑張る人はいます。ほめられるためには結果を出さなければなりません。いい成績を取ったらほめられるでしょう。しかし、そのような結果を出せないと思ったら、結果を出すために不正行為を働こうとするかもしれません。試験の時にカンニングをすることはこの例です。他の人との競争に勝たなければならない。そのためには何をしてもやむなしと思うわけです。しかし、こんなふうにして他の人との競争に勝てたとしてもほめてくれる人が誰一人いなければどうなるでしょう。
 きょうだい関係であれ、他の対人関係一般であれ、競争に負けた人だけが精神の均衡を崩すといっていいほどです。ほめられることのない、叱られる子どもは競争に負けた、と思うでしょう。
 精神的な健康を損なう一番大きな要因は「上下関係」「縦の関係」と、そこから帰結する「競争」です。人は下ではなく上にいることを目指します。社会全体として見ると、競争の場合、競争に勝つ人がいるということは、同時に必ず負ける人もいるということです。そうすると全体としてはプラスマイナスゼロになってしまいます。
 教育学者のオスカー・クリステンセンの二番目の娘は、小学校に入ると毎日三番目の弟に字の読み方を教えていました。弟は五歳の時にはもうテーブルの反対側からでも父親の読んでいる新聞を父親の黙読よりも早く音読できるようになりました。
 しかし、とクリステンセンはいいます。これは息子が二番目の娘との競争に勝ったということにはならない、と。弟が上手に読めるようになったのは、姉が上手に教えたからです。弟は姉に感謝し、姉は自分と弟を誇りにしていました。後に姉が数学でつまづくと今度は弟が姉に数学を教えることになりました。このようにきょうだいはいつも協力して互いを高めあった、とクリステンセンはいっています。

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